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隕石に魅せられて…あるメテオハンターの回想録

私が隕石を扱うようになって5年になる。メテオハンティングを除けば、隕石収集は、自分の家の寛いだムードの中で仕事ができる、飛切りの仕事だ。

私がメテオハンターになったきっかけは、本当に単純なことだった。以前から隕石に興味があった私は、隕石をいくつか買って、それを手にしながら隕石の本を何冊も読んで研究した。そして、メテオハンティングを始めた。それだけのことだった。

ニューメキシコという隕石に恵まれた地域に住んでいたのは、本当にラッキーだった。付近の隕石発見場所を調べてハンティングに行き、HolbrookやOdessaを発見して、ハンティングの楽しさにすっかりはまってしまった。私の熱狂振りを見て呆れていた妻に、私は「賭け」を持ち出した。それは、「新しい隕石を発見したら、世界中にメテオハンティングで駆け回る本物のメテオハンターになる」というものだった。そして、運命の女神は私に微笑んだ。新隕石Columbus(コンドライト H5)の発見から僅か30日後に、私はチリ共和国のImilacへハンティングに乗り出していた。そこでの成功が、私の人生を一変させた。20kgのImilacを発見して以来、この仕事に人生を捧げている。

1999年8月、妻と私は、とんでもないアイデアを思いつき、ニューメキシコ州横断の旅に出た。「隕石求む!」のタイトルにちょっとした隕石の特徴を添えたポスターを、ニューメキシコの500箇所に張るのが私たちの旅の目的だった。

このアイディアの効果が出るのに、そう長くは掛からなかった。隕石らしい石を持っていると言う男性の電話に、私は興奮した。彼から送られてきた小さなサンプルは、紛れもなく隕石だった。再度連絡をとって隕石の詳細を尋ねたとき、私は自分の耳を疑った。隕石は、90kgもあるというのだ!

交渉日まで興奮のあまり眠れない夜が続いたが、「絶対に買い取る!」と決意し、心を落ち着けて交渉に出掛けた。交渉は長く続いた。まず、隕石の価値、相場、売りに出す時に掛かる費用等、相手に全てを理解させなければ、交渉を成立させることはできない。もちろん、私は最初から最高金額を提示する。それでだめなら、諦める。そういう思い切りも必要なことだ。交渉は、無事成立した。交渉から数週間、私は子供の様に隕石を友人に見せびらかし、隕石とのツーショットを取り続けた。

1999年9月、『石質隕石・コンドライト L6』という分析結果が出た。1932年に畑で発見されてからその家族に保管されていた『石』が、67年の時を経て、遂に『隕石』としてデビューした瞬間だった。

隕石を発見する方法は幾つもあるし、誰でも挑戦できることだ。メテオハンティングには、あせりは禁物。まずは、十分な時間をかけて隕石を研究し、ハンティングに出掛ける前に探索場所を詳しく調査して、無駄のないハンティングをすること。こうしてプロのメテオハンターになった今でも、その基本は変わらない。隕石に対する情熱のある限り、私は隕石を追い続けるだろう。